コラム

モノづくりへの誘い② 「好き」だけでは届かない、職人としての責任

モノづくりへの誘い② 「好き」だけでは届かない、職人としての責任

“好き”という気持ちは、モノづくりの出発点としてこれ以上ない力を持っている。
けれど、仕事として続けていくうちに、好きだけでは届かない壁が必ず現れる。


たくみ塾で最初の半年を過ごすと、誰もが一度はつまずく。
「こんなはずじゃなかった」と思う瞬間だ。
理屈では分かっていても、木が言うことを聞かない。
形にしようと焦れば焦るほど、カタチが崩れていく。

そのとき、誰もが口にする。
「好きで始めたのに、楽しくなくなってきました」と。

でも、ここからが本当のモノづくりの入り口だ。
“好き”という感情が試されるのではなく、
“続ける覚悟”が育ち始める瞬間でもある。


木工の現場では、思い通りにならないことのほうが多い。
素材の個性も、気温や湿度も、人の心も、日々変わる。
完璧な答えがないからこそ、職人はその都度、問い直しながら作り続ける。

たとえば、木目が予想より強く出たとき。それを欠点と見るか、表情と見るか。判断一つで作品の印象は変わる。
その一つひとつに、社会に届ける責任が伴う。

作る人がいる。使う相手がいる。
その人の手に渡ったときに、どんな時間を生むか。

職人の仕事は、そこまで含めて“作品”になる。


「好きなことを仕事にする」——この言葉には甘さもある。
本当の意味で仕事にするには、「誰かに役立ててもらう」視点が欠かせない。
それが加わると、モノづくりの手応えがまるで違ってくる。

塾のOBであるKさんは、家電メーカーを辞めて入塾した。
最初は「自分の好きな椅子を作りたい」という想いだけで動いていた。
だが実習の中で、ある日突然気づいたという。
「自分が座るための椅子じゃない。誰かが座るための椅子なんだ」と。
そこから、手の力の抜け方が変わった。
“好き”を超えて、“誰かのために作る”に変わった瞬間だ。


職人として生きていくというのは、
「自分が作りたいものを作る」こと以上に、
「社会の中で自分の作る意味を問い続ける」ことでもある。

たくみ塾では、木と向き合う技術の訓練と同じくらい、社会に向けて自分の仕事を言葉にする練習も大切にしている。
作ることと伝えること、その両輪が回り出すと、
“好き”は“生業”に変わっていく。


モノづくりを仕事にしたいと願う人は多い。
でも、実際にその道で食べていける人は決して多くない。
その差を生むのは、技術の差よりも「責任の感度」だと思う。
木を削る手の中に、社会の一部を担っているという実感があるかどうか。
そこを感じ取れる人が、長く生き残る。


「本気で作る」とは、自分のためだけではなく、誰かのために作ること。
それが、“好き”を仕事に変える境界線だ。


もし、今の仕事でその手応えを感じられていないなら、一度、現場の空気を吸いに来てほしい。
たくみ塾の説明会では、実際の工房での学び方や、OBたちがどんな形で“好き”を仕事にしているかを紹介している。

興味があるなら、まずは入塾説明会に参加してみよう。
職人としての“リアルな責任”と“確かな喜び”を、肌で感じてほしい。


シリーズ:モノづくりへの誘い
モノづくりを“仕事”にするとはどういうことか
「好き」だけでは届かない、職人としての責任
個性は、型の先ににじみ出る
一歩を踏み出す準備ができたあなたへ

The following two tabs change content below.

小木曽 賢一

代表取締役株式会社たくみ塾
森林たくみ塾 塾長 株式会社たくみ塾 代表取締役 オークヴィレッジ株式会社   制作部 生産管理係長   シルヴァンの森推進委員長

最新記事 by 小木曽 賢一 (全て見る)

URL
TBURL

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

Facebookコメント欄

Return Top

Solverwp- WordPress Theme and Plugin