制作実習

最後の壁。

「力不足で発表に間に合わなくてすいません。完成まで、あと1週間ください」

中級生の「椅子の課題制作」発表の日のことだ。初級の時からいつも課題発表に間に合わない、いつもの二人。スタッフの予測通り、今回も間に合うことはなかった。

制作実習の現場でも、二人とも手は遅く、一度やったこともろくに覚えてない。いつも同じような失敗ばかり繰り返している。

そして、いつもスタッフに叱られてばかりいる。

自己肯定感の低さとネガティブ思考が、成長にサイドブレーキをかけているようなものだ。

これまでにも、かなりの時間を割いて話をしてきたつもりだ。しかし、卒塾間際というのに、彼らは一向に木工修業に向けてアクセルを踏もうとしない。

全日講座の今日、そのうち一人の塾生と話をした。
完成間近の課題作品は、加工精度もひどい。加工間違い、組み間違いのやっつけ仕事が目に余る。ここから、中途半端な出来のものを修正して完成させることに、何の意味があるのだろう?

そもそも課題として何を設定し、どう取り組んだのだろう?そして、結果から得た教訓は?それを次にどう繋げる積もりなんだ?

「モノづくりには、作り手の物の考え方や判断が全て現れる。つまりこれは、君の考え方と判断の2年間の集大成だよ。」

彼も不真面目でふざけているわけではない。いわゆる、クソ真面目というタイプだ。だから最初こそは、「今度こそ頑張ろう」と思っているだろう。残念なのが、「何を」頑張るのか「具体的行動」まで考えてないところ。ただ闇雲に頑張るタイプだ。

だからすぐに、「自分はダメだ。自分は他人より劣っている。自分は自信がない。自分に木工は向いてない。」という内面の言葉に足元をすくわれてしまう。

だから、「失敗したらどうしよう、納期に遅れたらどうしよう、叱られたらどうしよう」というところに意識がフォーカスされてしまう。ゴールがそこに設定されるから、毎回必ずそこにゴールするのだ。

そして、「やっぱり自分はダメだ。やっぱり自分は他人より劣っている。やっぱり自分には自信がない。やっぱり自分に木工は向いてない。」という思いを強くしていくのだ。

失敗してスタッフに叱られても、硬いシールドを身に纏い耳に栓をしている。「はい、はい」と聞いている風に首は振るが、スタッフのアドバイス・指摘は全く耳に届いていない。叱られている時間を我慢しさえすれば時は過ぎる。

そして、また我流のやり方を頑張ってやり始めるのだ。

クソ真面目故に、一向に成果の出ない間違った方法を、一生懸命にやり続けてしまうのだろう。

「この2年間、カベ(障害物)を避けて逃げる技術ばかり上達したね。」
「卒塾までのあと1ヶ月、逃げグセをつけたまま、卒塾するのか?」
「今まで何度も職人の道に挫折し、今度こそはとの思いで、たくみ塾に来たんだろう?」
「それなのに、逃げ切ってたくみ塾を卒塾していくことに、どれほどの意味があるんだい?」
「今からでも遅くない。残りの1ヶ月、壁を乗り越えてみたらどうだ?」

しばらく話をした後に彼が出した答えは、課題の椅子をもう一度初めから作り直すことだ。

それは、行き当たりばったりのやっつけ仕事ではなく、先を読んだ工程を組み立てること。適当な加工をするのではなく、精度を求めた加工をすること。自分なりに満足のいく出来上りの作品を作り上げるということ。

今までの彼の能力からいったら、かなり高いハードルだ。

スタッフとて、「今更もう一度やっても、同じ結果しか出ないんだったら、付き合うだけ、ムダじゃないですか?」との思いだ。

同じパターンの見飽きたドラマなら、見続けてもしょうがない。

しかし、最終回の思いもかけぬ展開を期待しようではないか。

そのために、キャラクターの再設定とシナリオの再構成を彼自身が行うことが急務だ。まずは、明確なエンディングを設定すること。

それは、納期までに課題の椅子を完成させること。

そして、エンディングに至るまでのシナリオを設定すること。

それは、先を読みながら工程を組み立てること。綿密なスケジュールを組み立てること。事前に加工方法をシュミレーションすること。精度ある加工を行なうこと。日々、進捗を管理すること。日々、スタッフに助言を仰ぐこと。

そして、このシナリオを演じ切る役者になり切ること。

大切なのは、内面の言葉に惑わされずにゴール目指して着実に進むこと。必ず自分はゴールに至るんだという意志を曲げないこと。退路を絶って目の前の壁に望むことこそ、たくみ塾生としてのあるべき姿だ。

あなたの成長のために、あなたが自ら設けた壁なのだから。
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